地図をつくらない

余生というにはみじかく、夏休みにしては長い

老師のやさしさ

安ワインをのむ。

 

月下の棋士」(能條純一)という、ある意味で一世を風靡した将棋漫画がある。

監修は”老師”ことプロ棋士の故・河口俊彦八段(以下、老師と呼ぶ)。

老師は棋士としては万年Cクラスの本人いわく「下位棋士」であり、三段リーグを抜けたのも30歳という高齢、そのせいでそれ以降に年齢制限ができたなどというおまけもあるが、C級1組の在籍歴も長く、故・村山聖に一番入れたこともある。

なにより倉島竹二郎が分け入り、その後数多の観戦記者が切り拓いてきた「読む将棋」という概念をいったん大成した人物といって過言ではない、というふうにぼくはおもっている。

 

さて、話変わって今秋公開の「聖の青春」には村山、羽生、森(信)以外に実在棋士をモデルにしたであろう登場人物が何人かいる。「橘正一郎」は年齢設定こそちがえど滝誠一郎八段だろうし、村山の弟弟子「江川」はおそらく森門下の江越克将はじめ幾人ものエピソードの集合体なのではないか、とおもう。余談だが、ふしぎと森門下は(プロも、元奨励会員も)山か川にちなむ苗字が多いのも特徴的だ。

そのなかに「荒崎学」がいる。どう考えても先崎学九段がモデルだろう。

 

月下の棋士」にも「関崎勉」というキャラクターが登場する。

役回りはといえば、主人公・氷室将介にのっけから(第一巻)ぶっ飛ばされる腕自慢の奨励会員だ。将棋にかぎらず、勝負ものの漫画によくあるように、噛ませ犬という以前に、いわば物語を棋譜にたとえるなら三手目くらいの段階であっさり(しかも屈辱的な負け方で)退場していく、ただそれだけのいわばパスティーシュめいた類型的人物だとおもっていた。

関崎自体はその後もぽちぽちと顔をのぞかせる。しかし、というのも、氷室が奨励会で対戦した相手のほとんどは退会したり、精神をやられたりで物語途中で自然退場してしまうため、よくいえば狂言回し、冷厳にみればモブの数が足りないから致し方ない。

ぼくは彼がそのまま、その立ち位置で生きていくのだとおもっていた。

 

ところが、10年後を描いたエピローグで、関崎はなんとA級棋士になっている。

おまけに主人公・氷室のライバルのひとりである佐伯(モデルは佐藤康光九段)に順位戦で勝利している。

すべては後日談のようにさらりと描かれているだけなのだが、ぼくは(執筆当時の状況を鑑みて)この描写に河口老師の先崎九段へのやさしさというか、発破を感じた。

もちろん、老師はおそらく棋譜監修が主であろう。ふつう、将棋漫画の監修をプロ棋士がするというのはそれ以上でもそれ以下でもない。ただ、さすがに物語上まったく無意味なこのパラダイムシフト(まではいかないが)は作者単体の発想ではなさそうな気がするのだ。もしそうだったら深読みごめんなさい。

 

老師は先崎九段が10代のころから彼の才気を折にふれ、いや、なんならふれなくてもひたすらに賞揚していた。実際に先崎九段がA級昇級を決めた時期と連載終了がほぼかぶっているため、発破だったか、おめでとうの気持ちだったか、どちらが先かは判じえないが、そのやさしさが、もしかしたらこのエピローグに投影されているのかもしれない。

8月11日

店じまいのためには張り紙をせねばなるまい。

つらつらと、地図はつくらない。

 

16時ごろ起床。尿が濃い黄色を通り越して茶褐色に。嘔吐なし。ウィスキーのむ(ところがポケット瓶1本すこしで突如嘔吐。寝起きはともかく飲酒中はめずらしい)。某オークション、二者間でのチキンレースの様相をみせる。締切まで数時間となって生来の負けず嫌いが出る。

 

7月21日から以下の本を読んでいる。38/59読了。

将棋世界2016年8月号」「将棋・名勝負の裏側」、松本博文「ルポ 電王戦」「ドキュメント コンピュータ将棋 天才たちが紡ぐドラマ」、大川慎太郎「不屈の棋士」、藤原隆史「一点突破: 岩手高校将棋部の勝負哲学」、先崎学「フフフの歩」「孤高の大木」「千駄ヶ谷市場」「 棋士先崎学の青春ギャンブル回想録 」「先ちゃんの囲碁放浪記 桂馬の両アタリ」、田中寅彦羽生善治神様が愛した青年」、榊山潤「囲碁名言集」、石田章「囲碁界の真相」、古田靖瀬川晶司はなぜプロ棋士になれたのか」、深浦康市「プロへの道」、青山牧美「鏡花水月女流棋士中井広恵-」、河口俊彦「羽生と渡辺」、田辺忠幸「最古参将棋記者高みの見物」、入江相政入江相政日記」(11・12巻)、平松洋子「アジアおいしい話」「旅して見つけたベトナムとタイ毎日のごはん」「ひとりで飲む。ふたりで食べる」、蔵間竜也「大相撲を101倍楽しむ法」、武田葉月「大相撲想い出の名力士たち」、渡辺俊美「461個の弁当は、親父と息子の男の約束。」、アーサー・ビナード「亜米利加ニモ負ケズ」「出世ミミズ」、辻嘉一「包丁余話」「料理のお手本」、高橋和女流棋士」、マイケル・ブース「英国一家、日本を食べる」「英国一家、ますます日本を食べる」「英国一家、日本を食べる WEST」「英国一家、日本を食べる EAST」、湯川博士振り飛車党列伝」、有栖川有栖「乱鴉の島」「絶叫城殺人事件」「妃は船を沈める」「暗い宿」「高原のフーダニット」「白い兎が逃げる」「女王国の城」「作家小説」「山伏地蔵坊の放浪」、我孫子武丸「殺戮にいたる病」、蘇部健一六枚のとんかつ」、歌野晶午「密室殺人ゲーム2.0」、皆川博子「聞かせていただき光栄です」、山田宗樹「百年法」(上下)、高野和明「ジェノサイド」(上下)、乾くるみJの神話」、舞城王太郎煙か土か食い物」、山口雅也/麻耶雄嵩ほか「名探偵の饗宴」、二階堂黎人「悪魔のラビリンス」「聖域の殺戮」